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支援者インタビュー〈菊池恵楓園 志村 康さん〉

Profile 志村 康(しむら・やすし)さん……1933(昭和8)年、佐賀県生まれ。14歳のときにハンセン病と診断され、熊本県にある国立ハンセン病療養所、菊池恵楓園へ入所する。1962年、29歳のときに菌陰性、1965年、32歳のときに...
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支援者インタビュー〈菊池恵楓園自治会副会長 太田 明さん〉

Profile 太田 明(おおた・あきら)さん……1943(昭和18)年、熊本生まれ。8歳でハンセン病を発症し、国立療養所菊池恵楓園へ入所。1959年、長島愛生園内にある新良田教室に5期生として入学、卒業後に東京の大学へ進学する。卒業後に...
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僕のなかの「全生園物語」(12)

僕のなかの「全生園物語」 亀井義展 「アイ・シャル・ビー・リリースト」 「声明文」について、園内では共感の声とともに批判も聞こえてきた。僕は、この先自分の身に何が起きようと、受けて立つつもりでいた。 第1センターで働けるのも残り数日...
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僕のなかの「全生園物語」(11)

僕のなかの「全生園物語」 亀井義展 「ひとりの声明として」 1985年、亀井義展28歳の秋は、愉快なじいちゃんがいて、(奥さんがいるのに)愛するばあちゃんたちがいて、至福の2ヵ月だった。 その後も同世代の若い仲間たちと、少しずつ不自...
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支援者インタビュー〈大竹 章さん〉(後編)

Profile 大竹 章(おおたけ・あきら)さん……1925(大正14)年生まれ。1944年に徴兵検査を受け、ハンセン病と診断され兵役免除となる。同年、多磨全生園に入所。1964年、全患協(*現全療協)本部が長島から多磨に移管されたことを...
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支援者インタビュー〈大竹 章さん〉(前編)

Profile 大竹 章(おおたけ・あきら)さん……1925(大正14)年生まれ。1944年に徴兵検査を受け、ハンセン病と診断され兵役免除となる。同年、多磨全生園に入所。1964年、全患協(*現全療協)本部が長島から多磨に移管されたことを...
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支援者インタビュー〈黒﨑 彰さん〉

Profile 黒﨑 彰(くろさき・あきら)さん……新潟県小千谷市生まれ。知人から渡された『いのちの初夜』(北條民雄著)を読んだことでハンセン病療養所の存在を知り、多磨全生園を訪れるようになる。全生園の写真記録を始めたのは2002年から。...
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支援者インタビュー〈邑久光明園自治会長・屋 猛司さん〉

Profile 屋 猛司(おく・たけし)さん……1942(昭和17)年、奄美大島生まれ。1974年にハンセン病であるとの診断を受け、30代で邑久光明園へ入所。自治会活動に関わるようになるのは入所から20年近く経った1993年になってからだ...
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僕のなかの「全生園物語」(10)

僕のなかの「全生園物語」 亀井義展 我が青春の「さがみ奮闘日記」(2) 11月8日 チーばあちゃんと、お風呂あがりの会話。 「お風呂で大変なことを覚えてきたョ。おっぱいのことをペチャパイって言うんだってねェ……」 「おっぱいのこ...
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僕のなかの「全生園物語」(9)

僕のなかの「全生園物語」 亀井義展 愛すべきおじい、おばあとの出逢い 盲人会で2年半ほど務めたあと、僕は園内の不自由舎・第1センターへ異動となり、初めて生活介護員として働くことになった。 その頃の不自由舎は、新センター(特重)、第1...
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